「また今日も、仕事中にスマホを何度も見てしまった。」
リフォーム工事が始まって3日目の午後、私は会議室で膝の上に置いたスマホを握りしめていた。画面には何の通知もない。それなのに、胸の奥がざわざわと騒いでいる。
家に、知らない人が入っている。
それは当たり前のことだった。リフォーム業者を選んで、契約書にサインをして、合鍵を預けた。ちゃんと手順を踏んだ。評判もいい業者だ。でも—
「大丈夫かな…」
上司の声が耳に入ってこない。プレゼン資料の数字が頭に入らない。心はずっと、誰もいないはずの自宅のリビングにあった。
「鍵を預けるだけ」のはずが、心まで不安定になった日々
夫と私は、どちらも朝8時には家を出る。帰宅は早くて19時。子供は小学生で、学童保育から帰るのは18時過ぎ。
「共働きなら、リフォームは留守中にやってもらうのが普通だよ」
友人はそう言った。ネットで調べても、「業者に鍵を預ければ大丈夫」という情報ばかり。実際、多くの人がそうしている。
だから私たちも、そうした。
初日、業者の担当者に合鍵を渡したとき、彼は笑顔で「お任せください」と言った。信頼できそうな40代の男性だった。でも、玄関のドアを閉めて会社に向かう車の中で、私は急に胸が苦しくなった。
「本当に、これでよかったのかな…」
夫は運転しながら「大丈夫だって。ちゃんとした業者なんだから」と言った。でも、彼の声も少し上ずっていた。
心の中で繰り返される、終わらない問いかけ
仕事中、集中できない日が続いた。
パソコンの画面を見ているはずなのに、頭の中では別のシーンが再生されている。
寝室に入られているんだろうか。クローゼットは見られていないだろうか。引き出しの中のものは触られていないだろうか。
「馬鹿げてる」と自分に言い聞かせる。工事は水回りとリビングだけ。寝室には入らないはずだ。でも、「はず」でしかない。
ランチタイム、同僚の話を聞きながら、私はまたスマホを取り出していた。
「何か連絡あった?」
見ても、業者からの連絡はない。それは良いことなのか、それとも何か問題が起きているのを隠されているのか。わからない。
こんなはずじゃなかった。
リフォームは「快適な暮らし」のためのはずだった。なのに、こんなに心をすり減らすなんて。
夜、帰宅すると、リビングには工事の跡があった。養生シートが敷かれ、道具が置かれている。でも、それ以外に「何があったか」はわからない。夫と顔を見合わせる。
「貴重品、大丈夫だった?」
二階の寝室に駆け上がる。引き出しを開ける。通帳やアクセサリーは、確かにそこにある。でも、「触られたかどうか」はわからない。
その夜、私は眠れなかった。
「信頼できる業者」でも埋められなかった、見えない穴
工事は順調に進んでいるらしい。週に一度の定例報告で、担当者は丁寧に説明してくれる。写真も送ってくれる。でも、それでも不安は消えなかった。
なぜなのか。
ある日、ふと気づいた。
私は、「見ていない」ことが怖かったんだ。
どんなに信頼できる業者でも、どんなに丁寧な報告でも、「私がその場にいない」という事実は変わらない。自分の目で確認できない。自分の耳で聞けない。
それは、子供を初めて保育園に預けたときの感覚に似ていた。
「先生はいい人だ」「ちゃんと見てくれる」と頭ではわかっていても、心のどこかで「でも、私がそばにいてあげられない」という罪悪感と不安がずっとあった。
リフォームも同じだった。これは「家」というよりも、「自分の領域」「家族の居場所」への他者の侵入だった。そして、それを「見守れない」ことへの無力感だった。
夫もまた、イライラしていた。
「何か、もっといい方法なかったのかな」
私たちは、選択を間違えたのだろうか。
転機は、「諦め」ではなく「求めるものの再定義」だった
ネットで何度目かの検索をしていたとき、ある記事が目に留まった。
「共働き世帯のリフォーム不安は、『透明性の欠如』が原因」
そこには、私と同じ悩みを抱えた人たちの声があった。そして、解決策として挙げられていたのは:
✓ リアルタイム進捗共有システムのある業者を選ぶ
✓ 遠隔カメラの設置を事前に相談する
✓ 工事写真の「日時と場所の記録」を契約に含める
✓ 近隣住民への挨拶と「見守り」の協力依頼
✓ 第三者監理サービスの活用
私は、業者選びで「価格」と「実績」しか見ていなかった。でも、本当に必要だったのは「透明性」と「コミュニケーション設計」だった。
翌日、私は勇気を出して担当者に電話をした。
「あの、お願いがあるんですが…」
声が震えた。でも、言わなければならないと思った。
「工事中、簡易的でいいので、カメラを設置させてもらえませんか。それと、毎日、その日の作業内容を写真付きで送っていただけないでしょうか」
沈黙があった。
「わかりました。」
担当者の声は、驚くほど穏やかだった。
「実は、他のお客様からも同じご要望をいただくことが増えていまして。当社でも対応を検討していたところです。むしろ、そうしていただいた方が、こちらとしても『きちんと仕事をしている』証明になります」
その言葉に、私は涙が出そうになった。
「見える化」が連れてきた、予想外の安心
その日から、状況は一変した。
スマホには毎日17時に、工事現場の写真が届く。「本日の作業:配線工事完了。明日は壁の仕上げに入ります」というメッセージと共に。
簡易カメラは工事エリアだけに設置し、プライベート空間は映らないよう配慮してもらった。ライブ映像は見られないが、1時間ごとの静止画が記録される。
それを見て、私は初めて「安心」を感じた。
仕事中も、もうスマホを何度も確認しない。夜、写真をスクロールしながら「今日はここまで進んだんだね」と夫と話す。子供も「カメラあるの?」と興味津々だ。
さらに、近隣の奥さんが「何かあったら連絡しますね」と言ってくれた。私たちが事前に挨拶に行き、「工事期間中、お騒がせします」と伝えたときだ。
「共働きで大変ですね。昼間、私がいますから」
その言葉が、どれだけありがたかったか。
本当に必要だったのは、「任せる勇気」ではなく「見守る権利」
リフォームは無事に完了した。
仕上がりは期待以上だった。担当者は最後に「ご不安をおかけしてすみませんでした」と言ったが、私は首を振った。
「いえ、こちらこそ。途中でお願いを増やしてしまって」
「いいえ。これからの時代、こういった対応は必須だと思います。お客様の不安に寄り添えなければ、どんなに良い工事をしても意味がないですから」
その言葉が、胸に響いた。
あなたが守るべきは、「家」だけじゃない
もし今、この記事を読んでいるあなたが、私と同じように「共働きでリフォームを検討しているけど、留守にすることが不安」と感じているなら、伝えたいことがある。
あなたの不安は、わがままじゃない。
それは当然の感情だ。自分の家に、自分がいないときに他人が入る。それを「平気」でいられる人の方が少ない。
そして、「任せる勇気を持つべき」というアドバイスは、半分正しくて、半分間違っている。
本当に必要なのは、「見守る権利」を持つことだ。
- 工事の進捗を知る権利
- 自分の家で何が起きているかを把握する権利
- 不安を口にする権利
それを、最初から「求めていい」のだ。
共働きの私たちが選ぶべき、本当の「安心設計」
私が学んだことをまとめると:
1. 業者選びは「透明性」を最優先に
価格や実績だけでなく、「報告体制」「コミュニケーション方法」を事前に確認する。「留守中の工事で不安がある」と正直に伝え、その反応を見る。
2. 「見える化」は交渉可能
カメラ設置、写真報告、進捗共有アプリなど、多くの業者が対応可能。遠慮せずに相談する。
3. 近隣との関係構築が最強の安心材料
事前の挨拶は、トラブル防止だけでなく、「見守りネットワーク」の構築につながる。
4. 契約書に「報告義務」を明記
口約束ではなく、契約条項として「毎日の作業報告」「写真提出」を含めることで、後々のトラブルを防ぐ。
5. 第三者監理という選択肢
費用はかかるが、建築士などの第三者が定期的にチェックしてくれるサービスもある。大規模リフォームなら検討価値あり。
最後に:「留守でも、心は留守にしない」選択を
リフォームが終わって半年。
私たちの家は、以前よりも快適になった。でも、それ以上に大切なものを得た。
「自分の不安を、ちゃんと声にしていい」という学び。
共働きだから我慢しなきゃいけない、なんてことはない。
忙しいから全部任せるしかない、なんてこともない。
あなたには、「見守る権利」がある。
あなたには、「安心する権利」がある。
そして、それを提供できる業者は、確実に存在する。
もしこれからリフォームを考えているなら、最初の打ち合わせで、こう聞いてみてほしい。
「私たち、共働きで日中留守にするんですが、どういった形で進捗を共有してもらえますか?」
その質問への答え方で、その業者が「あなたの不安に寄り添えるか」がわかる。
鍵を預けるのは、ドアの鍵だけでいい。
心の鍵まで、預ける必要はないのだから。
あなたの家は、あなたが守る。
見えないところでも、見守る方法はある。
それが、私が3ヶ月の不安の先に見つけた答えだった。
